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1400年の

伝統を持つ

寺院です

 

普段の活動

 

お参りは終日、いつでもできます。相談事や祈祷は、平日は午後7時30分以降、土曜日は朝から午後四時時頃まで、日曜日は終日行っています。
地鎮祭や仏壇のお性根抜きなどの出張祈祷も行っております。
 
our_services
宗旨宗派を全く問わない、どなたでもお参りしていただけるお寺です。
1400年の伝統を持つ寺院ですが、葬儀・法事は言うに及ばず、人々のお悩みにお応えするため、様々な宗教活動を行っております。
本尊の不動明王は、古来より大変霊験あらたかな仏様として知られており、平成のこの時代に至るまで、まことに不思議な霊験談にはことかきません。
病気平癒・合格祈願・商売繁盛・運勢鑑定・縁結び祈祷・子供の非行・車の安全祈祷・水子供養・地鎮祭・運命の向上・命名・家相や墓相鑑定など、悩み事や相談ごと全般について、取り扱ないものはございません。
ご祈祷や相談事については、基本的にご予約をお願いします。メールか電話にてご連絡ください。
電話 0749-48-0335
FAX 0749-48-2679
Email:seiryozanhudoin@yahoo.co.jp
不動様のご命日・毎月28日
 
午前中10時と午後8時から、法要を行います。お経の意味もきちんと説明します。当院のお経はすべて、現代語訳つきです。
・本尊様は普段は秘仏ですので、毎月28日だけお厨子(ずし)の扉を開け、お姿が拝めるようになります。本尊様のお姿やお顔をはっきり写した写真パネルも一緒にお飾りします。
・毎月28日に機関誌「ともしび」が発行されます。法要後は「ともしび」の内容に基づく法話がありますが、お茶やお菓子を召し上がっていただきながらの、肩ひじはらない和やかなお話です。基本的にパワーポイントを使います。
お不動様の大祭法要・3月28日

午前10時~11時  
―法要・法話・10メートルの巨大念珠くり
単にお経をあげるだけではなく、きちんと意味を説明します。法話もパワーポイントを使います。般若心経をあげながら巨大なお念珠をくり、願い事をします。
午前11時~
 ―西国八十八カ所のお砂踏み。
午前11時30分~
ご祈祷を受け付けています。お砂踏みおよびご祈祷は午後10時まで受け付けています。
1月1日~3日・初詣

 神仏習合の寺院ですので、初詣のお参りもご祈祷もあります。正月三が日はお供物をお出ししておりますので、お参りのおりにぜひお持ち帰りください。
 1月5日ごろ~15日ごろ・寒修行

 当寺院から主に多賀町にお住まいの方のお宅へ出かけ、ご詠歌やお経を唱えながら町中を歩き、喜捨(きしゃ)を乞う修行です。 寒修行を行う寺院は最近は非常に少なくなりましたが、本来の僧侶の仕事はこれです。一般の方も参加しておられます。ご都合がつく方はぜひご参加ください。
about
8月28日 阿弥陀まつり

 先祖供養や亡き人の成仏を祈って、阿弥陀如来のお祭りを行います。南無阿弥陀仏を唱えながら10メートルの巨大なお念珠をくり、阿弥陀くじを引くという大変楽しいお祭りです。信者さんにも大好評です。
不動院の歴史
 
 飛鳥時代(始まりはなんと、1400年前!)

本尊の不動明王は、1400年前に作られております。時代でいうと、飛鳥時代から奈良時代に変わる頃の話で、聖徳太子がおられた時代です。 敏達(びだつ)天皇(西暦538年~585年)の時代、胡宮(このみや)神社という境内に、「清涼山敏満寺(せいりょうざんびんまんじ)」という巨大な寺が建てられました。
 
神社の境内に寺?と、現在のわれわれの感覚では不思議に思いますが、聖徳太子のご活躍もあって、当時は仏教が非常に盛んになっており、現在と違って神仏習合(しんぶつしゅうごう)の時代でもあったのです。 神仏習合とは、神様も仏様も区別せず、同様に聖なるものとして一緒にお祭りすることで、当時の神社と寺院は、神と仏が渾然一体となっているものがほとんどでした。
 
不動院はこの伝統を強く受け継ぎ、現在に至るまで神仏習合の形をはっきりと残しており、仏様と一緒に神様もお祀りしており、ご神体まであります。 本尊のお不動様は、この寺院にお祭りされていたのです。
 
そのため、日本の不動明王像の最初期にあたる特徴を持っておられます。 古来よりまことに霊験あらたかな仏様として、たくさんの方の信仰をあつまめてまいりました。
 2月3日・星祭り

一人一人の生まれ年の星をまつり、災いを避けるご祈祷を行う行事です。弘法大師が中国から「宿曜経(すくようきょう)」というお経を持ち帰られてから行われるようになりました。
 室町時代(約800年前)
 
当時の近江国(滋賀県)の守護職でありました、佐々木左衛門之尉(ささきさえもんのじょう)氏が、この不動明王を深く信仰され、歴代佐々木家の守護本尊とされました。現在も清涼山不動院の住職は代々佐々木家がつとめておりますが、これは実に、室町時代にさかのぼる縁なのです。 佐々木左衛門之尉の先祖は、近江の国の守護大名であった佐々木道誉(ささきどうよ)であり、現在でも佐々木家は、「バサラ大名」こと佐々木道誉の直系の子孫として、清涼山不動院を守り続けております。
江戸時代(約300年前)
 
徳川幕府三代将軍家光(いえみつ)の時代、当院は日光東照宮の配下となり、広大な土地と建物を与えられ、「日光御配下福寿院(にっこうごはいかふくじゅいん)」という名前になりました。

本尊の不動明王像を救い出した、佐々木隼人庄宰相(ささきはやとのしょうさいしょう)氏にならい、以後斎主(さいしゅ)は、代々「宰相(さいしょう)」の名を名乗ることと定められ、当時きわめて信仰の扱った郡山(現在の奈良県)藩主より扶持六十石を賜り、不動明王像は郡山藩の守護本尊とされました。

「斎主」とは、要するに「神主」のこと。日光東照宮は徳川家康を神としてお祀りする神社です。つまり、当院は江戸時代、「寺ではなくて神社だった」のです!当院は現在に至るまで神仏習合が色濃く残っているので注目されますが、それもそのはず、寺院よりも神社である時期の方が長かった!のですから、当然といえば当然です。

近江の国(滋賀県)彦根藩主井伊家も、歴代藩主の信仰がきわめて厚く、年々藩主の参拝や家臣の代理参拝がありました。
戦国時代末期(約450年前)
この頃、織田信長が京都を手に入れて天下平定を狙おうとし、近江の国は交通の要所として重要な戦略拠点となりました。浅井長政(あさいながまさ)は戦略敵政策に迫られ、各地の神社仏閣を焼き払いましたが、飛鳥時代に作られた「清涼山敏満寺」もその際、むなしく灰燼(かいじん)に帰(き)してしまいました。

清涼山敏満寺のあったあたりは、ちょうど今名神多賀サービスエリアとなっており、サービスエリア建設の工事の際には、金箔の押された仏像、サンゴの玉、寺の飾りの一部などが発掘され、工事関係の方によって当寺院に奉納されました。

現在のサービスエリアとほぼ同じ面積を占める巨大寺院であり、寺院の名は「敏満寺(びんまんじ)」という地名として現在に残っております。

この「清涼山敏満寺」焼き討ちの数日前、近江の国守護頭領職にありました、佐々木隼人庄宰相(ささきはやとのしょうさいしょう)氏は、霊夢霊感によってこの災厄を事前に察知し、この人の背に背負われて不動明王像は山を降り、山のふもとに安置され、人々の信仰の念を集めることとなりました。
現在でも、「日光御配下福寿院」の石碑は境内に残っています。
明治時代(約150年前)
 
 明治維新となって、神仏分離の方針が出され、福寿院は胡宮神社から完全に独立して清涼山不動院という現在の名前になり、佐々木宰相家がお守りすることになりました。神社から独立はしたものの、前述のように実際には現在に至るまで神仏習合は色濃く残っています。
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昭和時代(約70年前~)
 
昭和25年4月28日、信者約500名の発起にて清涼山不動院奉讃会を創設、同年10月28日に、高野山真言宗総本山金剛峰寺(こんごうぶじ)の直轄寺院(ちょっかつじいん)として、法務手続きが終了しました。

昭和55年(1980年)、現在の本堂が完成。

平成7年(2006年)、不動院第一駐車場完成。

平成25年(2014年)、翌年が高野山が開かれて1200年目となるのを記念して、弘法大師ゆかりの宝物が、リレー形式で全国の真言宗寺院に展示されることになりました。当院もその一つに選ばれ、8月19日から21日までの間、宝物展示の会場になりました。
この展示のことは評判を呼び、新聞や地域の機関誌に取り上げられることになりました。

平成26年(2015年)、不動院第二駐車場完成。

弘法大師ゆかりの仏具です。お大師様ゆかりのものだけに、「仏さま」として礼拝の対象になりました。現在不動院にはこの複製品があり、毎月28日のご本尊のご命日のみ、展示されています。

ご祈祷・相談ごと
 お参りは終日、いつでもできます。相談事や祈祷は、平日は午後7時30分以降、土曜日は朝から午後四時時頃まで、日曜日は終日行っています。ご祈祷や相談事については、基本的にご予約をお願いします。メールか電話にてご連絡ください。
 
病気平癒・合格祈願・商売繁盛・運勢鑑定・縁結び祈祷・子供の非行・車の安全祈祷・水子供養・地鎮祭・運命の向上・命名・家相や墓相鑑定など、悩み事や相談ごと全般についてお応えさせていただいております。神仏習合の寺らしく、お宮参りに参拝される方もおられます。
 
祈祷するだけでなく、そのあとの開運指導まできちんと行うのが当寺院の特徴です。単に神仏を拝んでお願いをするだけでは、人間の欲望はどんどん暴走しますし、身の丈に合わない無理な願いを頼むようになってしまいます。
 
例えば合格祈願ですと、神仏にお願いするより先にやるべきことは受験勉強であり、勉強もしないでお願いするだけではどこにも受かりません。当たり前のことです。商売についても、お客様に喜んでもらう商売をしていないと、どれだけ神仏を拝んでも無理というものです。 当院が法話や機関誌「ともしび」の発行に大変力を入れているのはこのためで、「困ったときの神頼み」で当院に足を運んでいただくのは結構なのですが、いつまでもやるべきことをほったらかしにして、無理勝手なお願いをしに来るだけは、いずれ必ず壁に当たります。
 
そのため、きちんとこうした法話を行い、場合によっては奉仕作業をしていただくなどの行為を通じ、あるべき心の持ち方までしっかりとお教えいたします。この点が、いわゆる「町の拝み屋さん」と、当院の決定的な違いです。 地鎮祭や仏壇のお性根抜きなどの出張祈祷も行っておりますので、どうぞお気軽ご相談ください。この場合も、当院は迷信やタブーをふりまわすことはしません。
 
最近はストレス社会で、心の病をかかえておられる人が多いですが、こういう人には特に、きちんとした教えを理解していただく必要があります。 心の病は自らの心で作り出している面がほとんどですので、説教や法話、奉仕作業なしで回復していただくことはほぼ無理と言ってもよいでしょう。
現役の高校教師でもある住職の法話は、わかりやすくて面白いと評判。どのような悩み事に対しても、きちんと相談に乗ってくれます。
古来より霊験あらたかで有名な仏さま
 1400年前というとてつもない昔から、当院の不動明王は霊験あらたかな仏さまとして、多くの方の信仰を集めてまいりました。歴代の守護職や藩の殿様たちが厚く信仰されたのも、その霊験あってのことです。 昭和26年には「四面火焔不動尊霊験集」なる冊子が発行されており、医者に見放された難病が見事に治った、倒産寸前だった会社が立ち直ったなどの実例が、個人情報保護の感覚がなかった時代ですので、住所もお名前もそのままに、体験談が多数掲載されています。この冊子が発行されたのは60年も前のことですが、平成の現在でも、この手の霊験段にはことかかきません。常識では想像もできない霊験談が、現在も本当に起きております。ご参拝くださいますと、住職手書きの漫画で描かれた「不動院霊験記」をお持ち帰りいただけます。60年前は印刷冊子で、活字で霊験談が紹介されていましたが、このご時世は漫画になっております。これは非常に人気があります。。 、
不動院本堂入口です。どなたでもご自由にお入りいただけます。一歩足を踏み入れていただくと、摩訶不思議な霊験の世界が広がっております。
葬儀・法事
きちんと意味を説明し、ご納得の上で葬儀・法事を行います

当院ができた1400年前や、弘法大師が真言宗を開かれた1200年前には、仏壇も石のお墓も、檀家制度も全くありませんでした。どの教えを信仰しようが、全て個人の自由です。当時の法要は、お経を一区切り読むと、僧侶が信者さんのところまでやってきて、「今、私が読んだお経にはこのようなことが書いてあります」と、内容をいちいち説明していました。

解説を聞いて信者さんは、「ああ、ありがたい教えだ。それなら私はこのお寺に帰依(きえ=信じてまかせること)しよう」と思い、これだけ日本中に仏教が広まったのです。このやり方は室町時代まで続いていたそうです。ところが檀家制度ができますと、

「お経を読んだから、はいお布施」

という調子で、自動販売機にコインを入れたらジュースが勝手に出てくるような調子で、お経の意味などきちんと説明しないでも食べていけるようになってしまったので、この伝統はすっかりすたれてしまいました。当院はとにかく、やり方がとんでもなく古いので、古来からのやり方を厳格に守っております。

その結果皮肉なことに、檀家制度がかなり怪しくなってきてしまった、現在の世相にずいぶん合致することとなってしまいました。当院の葬儀・法事はいずれも、意味をきちんと説明しながら行う「解説タイプの葬儀・法事」でありまして、最初に経験された方はびっくり仰天されますが、すぐに「これなら納得できる」とおっしゃり、大変喜んでいただけます。結果的に当院は、

「とても古いが、とても新しい寺」

であるこということになっております。
意味がわからず拝んでいても、宗教という点ではどうなのでしょうか。当院にお祀りされている仏様には、パネルがすべてついており、どのような仏様なのか、どのようなご利益があるのか、きちんと説明されています。
葬儀・法事
当院は神仏習合の色が非常に濃い寺院で、本堂にはご神体まで置いてあるため、本堂にご遺体を安置して葬儀を行うということができません。本堂は神殿も兼ねており、神聖な祈祷場でもあるため、ご遺体やご遺骨を置くわけにはいかないのです。

この点は先祖代々、「不動院本堂に死体を入れることは決して許されない」と言い伝えられており、歴代住職ですら葬儀は、葬儀会館でしか行ったことがありません。住職といえども、死んでしまったら本堂に入ることは許されないのです。結果的に葬儀会館でのお葬式が普通となりますので、「お布施をいくらしたらいいのか、あいまいでわからない」いということが発生しません。ご遺族の方が一番喜ばれる点です。

葬儀は本堂で行うことはできませんが、過去帳や位牌、ご遺影は「死体ではない」ので、持ち込みは一向にかまいません。年忌法要は普通に本堂で行われています。
白木白壁の清浄なつくりの本堂。神社の拝殿も兼ねているせいです。はじめてお参りの方は、あまりに明るいつくりに驚かれます。
ここには、ご遺体とご遺骨だけは持ち込むことができません。
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